World Tour 1981

インドでの娯楽
それは映画
そして音楽

 その10…シャクティ

新聞でシャクティのコンサートがニューデリーで行なわれることを知る。ジョン・マクラフリンのバンド、シャクティは私をインドに生み落とした張本人であることは確実なので、これは是非、会いに行かねばならぬ。乗り込んでいって、これはあなたの子よ、と叫ぶのだ。

リシュケシュに来た時は汽車だったが、今回のニューデリー行きはバスにしてみる。意味は特にない。リシュケシュのバスターミナルに着き、ニューデリー行きのカウンターの列に並ぶ。幸いにして、列の先頭の方だ。しかし未だにこのシステムが良く解らないのだが、並んだ列の先頭で真っ先にチケットを買ったはずなのに、リシュケシュ始発の筈のバスに乗りこんでみると、もう既に席は満杯で空席は無いのである。??まあいいか、ここはインドだ。きっと、日本人の常識では量りえない深遠な宇宙の摂理のせいに違いない。でも、ついさっきまで大人しく並んで待ってた大のおとなが、俺が先だ、いや俺だとバスのドアに片足ずつを突っ込んで揉み合ってる姿も、インドならではの光景だろうなあ。

コンサートはニューデリー工科大学のホールで行なわれた。カリババと南アフリカのジョンも来ていた。だが、肝心のマクラフリンの方のジョンは、ギターの弾き過ぎで腱しょう炎になってしまい来られず、代わりにラリー・コリエルが来ていた。マクラフリンを除くバンドのメンバーは皆インド人であり、今回のインド公演は彼等にとって凱旋公演であったはずだ。マクラフリンの故障は突然のことだったのか、こればかりはいくらラリー・コリエルであろうと、そう簡単に代役が勤まる筈もない。ナニー・コリはエルアイコッタという感じか?(スイマセン) 結局1部はラリーのソロ。2部のシャクティーとのセッションではラリーがほとんどマクラフリンのコピーを演るという、なんともつまらないものに終わってしまった。まあ、滅多に見る機会のない、ガッタム(タブラと同じ様な音で演奏する壷)の生演奏が観れたのは、大きな収穫であったかな。インド一の名手、ウスタッド・アララカを父に持つタブラのザキール・フセインは、この時もMC(司会)までして出たがり屋癖を表わしていたぞ。流石に観客は外国人が多く、来ていたインド人もかなりスノッブな人々とみえる。コンサート後には演奏の内容や奏法などについて観客との質疑応答みたいな時間も設けられ、ちょっと変わった雰囲気だった。ただ、生みの親に会って認知してもらうことができなかったのは心残りであった。

ところで、インド人にとっての第一の娯楽は映画である。巷に流れる流行歌、俗にいうインドポップスも実は全てその映画音楽である。なにしろ、年間の映画制作本数だけでいえば、ハリウッドのあるアメリカを抜いて世界一なのである。ジャンル的には2つしかない。一つは神様もので、悪魔に代表される悪者をデブな主人公と彼を助ける神様がバンバン奇蹟を起こしてやっつける、勘善懲悪もの。いってみれば、ウルトラマンの怪獣映画である。しかも、白黒フィルムにひとコマひとコマ手作業で色をつけた、廉価版総天然色だったりする。これの音楽には伝統音楽系が使用される。つまり、シタールとかバンスリとかサーランギとかとタブラの組み合わせで演奏されるラーガである。もうひとつは、やはりおでぶな主人公とおでぶなヒロインが唄って踊る、恋ありカーチェイスありアクションありお笑いあり、なんでもありのゴッタ煮ミュージカルである。こっちのサウンドトラックスがインドポップスとなり、ラジオやミュージックテープで巷に流れる。映画は、この2本建てでワンセットだ。

ストーリーも水戸黄門的形式美予定調和の世界だから、観客もいちいちストーリーの泣かせどころや脅かしどころに反応して、あーだのうーだの声をあげ、悪者がやられようものなら口笛と拍手が沸き起こり、こりゃ、後ろを見てた方が面白いかもしれない。ヒロインが間違えを犯しそうな場面では口々に助言をし、ハッピーエンドに終わると、隣の奴と顔見合わせてヨカッタよかったナンダかんだと語り合ったりするのである。んで、3回に一度くらいは途中でフィルムがからまって、燃えてしまったりするね。当然ブーイングの大合唱だ。まるで映画みたいだな。

つづく


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