World Tour 1981

バスの旅は
らくだ。

 その14…シビとゴビ

パキスタンに入国するために、アムリツァールでコレラの予防接種を受ける必要があった。インドの病院には2種類ある。西洋式とアユルヴェーダというインド式である。ヴェーダの方は日本で例えると、漢方だな。で、インドでこの西洋式でない方の病院へ行ってピアスの穴を開けた知り合いは、錆びた針金をペロッと舐めてぶっすりやられたそうである。インド式の病院もなかなかおもしろい。

予防接種は西洋式の設備と方法で行われたが、普通日本では2回にわけて行われる接種を、1度にしてしまう。しかも、インド人用だからきっと濃いに違いないよ。ドイツ人でさえ2、3日熱を出してた。

さて、鉄条網と機関銃付きの監視所に囲まれたくねくねした道の国境を超え、バスはパキスタンに入国。この手の国境越えはいつもキンチョーするね。おもわず、鉄条網によじ登り丘を走って逃げたくなってしまうのだ。でも、道がくねくね曲がってて、どっち側がインドだかパキスタンだか解らなくなってきたので、おとなしくしてることにする。

予防接種のせいで、バスを運転するテオも含め全員身体の調子が良くないのでシビの町で2、3日休憩する。シビはちょうど京都位の大きさの盆地で、やはり京都と同じくらいの山に3方を囲まれた、落ち着いた感じの渋い街である。

シビの近くのとある街道沿いの宿場町でバスが止まったので、昼飯にオクラのカレーを食う。オクラはインドではゴビという。そういえば、オクラいりになった原稿などはゴビ箱へ行くね。(私は4月はスギ花粉のせいで鼻がつまるね。申し訳ないけど。)あれ?ゴビはカリフラワーだったかな? ま、いいか。

宿場といっても、まるで西部劇に出てくるやつみたいで、ナンデモ屋みたいな商店がひとつと郵便局みたいのと数軒しか家がなかったが、小さなロータリーになったT字路に、行き先を書いた標識が立っていた。別れ道の方の標識には横向きの矢印で「ナントカ村:50km 」と隣の村の名前とそこまでの距離が記されている。そして、バスが向かう本線の方の矢印にはこうあった。

「テヘラン:4000km、ロンドン:9000哩」

おお、なんと大ザッパな看板よ。いま、私はアジアン・ハイウェイにいるのだな!

つづく


Back to index