World Tour 1981

でも、
らくだは
いない。

 その15…星の砂漠

パキスタンの首都、カラチは世界的にみても暑いところだそうな。夏場には気温が50度を超すことがあるという。ボンネットの上で目玉焼きができるそうだ。今はまだ春であるが、既に暑い。私は暑い方が寒いより好きだが、さすがにカラチで夏を過ごそうとは思わないね。パキスタンは元々インドの回教徒が独立して造った国だから、文字が違うだけで言葉は北インドと同じだったりする。人もインド人とあんまり変わらない。食い物も似たり寄ったりだ。インドにはラッシーという、ヨーグルトを薄めた飲み物があって、私は好んで飲んでいた。甘いのと塩味のやつがある。ただし、パキスタンに入るとラッシーは塩味だけになった。好みの問題なんだけど、暑い日に冷たくて甘いラッシーはうれしかったものだが、塩味のラッシーはどうもイケてないよ。

ラッシーで思い出したが、インドのリシュケシュに居たときは、よくミルクを飲んだもんだ。毎朝牛乳屋が売りに来るのである。その他にも、蜂蜜を売りに来る少年もいた。で、その牛乳や蜂蜜なのだが、値段により、ランクがある。当然、高いもの程おいしいわけであるが、どうやらそのランクの違いは、どれだけ濃いか、またはどれだけ薄めてあるか、ということらしい。安いもの程、たくさんの水で薄めてあるのである。これはレストランのテーブルの上に必ずある、塩とチリパウダーについても言える。高級店の塩は塩辛く、チリは当然ぴり辛い。これが、見事に安い店になるに従って、辛さが消えていくのである。だんだんチョークとレンガの粉の割合が増えるに違いないと私はみている。

バスは暑いカラチを過ぎ、砂漠地帯に突入した。

さらに暑い。湿度は低いのだが窓から入ってくるのは熱風である。ドライヤーを顔に当てている感じだ。おまけに道の具合が悪くなってきた。ところどころ、道が無くなっている。前に書いたが、アジアン・ハイウェイは地面から1メートルほど盛り土をして造られている。それが突然、ごっそりと消えて無くなっているところがあちこちにあるのである。アジアン・ハイウェイと平行してインドとトルコを結ぶ列車の線路があるのだが、それも床を失って枕木の付いたレールがぶらり垂れ下がっていた。汽車にしなくてよかったな。砂漠の風のせいか、雨期に突然できる河のせいであろうか。で、道が無くなっているところは、バスを道路から降ろして砂漠を走ることになるのだが、テオのオームバスは当地のトラックみたいなバスでなく、オンボロだが一応ベンツなので、車高が低いのだ。盛り土をしたハイウェイから降ろすには、乗客総出で岩を積み上げ、土を盛って坂道をこしらえ、地面に這いつくばってバスの下を覗き込みながら、オーライ、オーライとやることになる。もはや、運命共同体であるところの我々ドイツ系12人と日本人1人は、いやがおうでも親密な関係とならざるを得ない訳だな、これが。

木が生えているところがあった。畑があり農業用水なのだろうか、コンクリートの箱にポンプで汲み上げられた水が蓄えられている。バスは大騒ぎとなり、乗客全員男も女も走りながら服を脱いでスッポンポンになって水に飛び込む。U字溝に一列に座って背中の流し合いをする。テオの号令で反対向きになって、また背中をこする。村の子供たちが回りに集まって来て笑って見ている。何度もここを往復しているテオは、この場所もちゃんとルートに組み込んでいたに違いない。

バスは再び暑いハイウェイを走りだし、何度かオーライ、オーライの作業をした挙句、ついにテオはいちいちハイウェイに戻るのを諦め、方角を定めて砂漠を走り出した。幸い砂は硬く、アジアン・ハイウェイの粗悪な舗装道路よりも快適であったりする。が、暑い。ハンカチを水で濡らして顔の前に垂らしてみる。吹き付ける熱気が蒸発する水分に気化熱を奪われて冷たい風に変わる。即席クーラーである。な、科学者が一人乗ってると便利だったりするだろ?

夜は非常に涼しくて心地よい。おまけに明りが全くないから、満天の星空である。砂漠のど真ん中で星に包まれて寝るのは最高! と気持ちよく砂の上で寝ていたら、テオがやってきて、さそりがいるから寝るのはバスの中にしろという。素粒子理論物理関係のにわか科学者は生物学に弱かったりする。あわてて暑いバスに戻った。

砂漠を越えるのには3日かかった。

つづく


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