World Tour 1981

遊びと勉強、
そして
会社訪問の日々

 その31…行動的日々

成功した者の街・ニューヨークにおいては、金がなければ遊べない。よって、まだ成功したわけじゃないが少しでも金のあるうちに遊んでおくことにする。

宿の近くのライブハウスでP.I.Lを観る。荒れたコンサートで評判(?)の、Public Image Limited というこのパンクバンドに興味は全く無かったが、後学のためである。ライブは面白くなかった。がなってるだけのヴォーカルは唄には聞こえないし、やたら音が大きいだけで、若い観客はみんな縦ノリでぴょんぴょん飛び跳ねている。いかにもラリッてます風の男が飛び跳ねついでに倒れかかってきたので、大丈夫か?と聞くと、「おまえなんか、嫌いだ!」といわれた。むろん俺も、お前なんか嫌いだ。

アベニューA、B、C、Dといったかなり物騒な辺りにライブハウス、Ritzがあった。リッツではキッド・クリオール&ザ・ココナッツやデファンクトなどを観る。デファンクトはベースを弾いてた黒人のねえちゃんがイカしてたな。

ヴィレッジの小さなガラ空きの映画館で、ザッパの「200 Motels」を観る。カップリングは「フリークス」。サーカスで見世物にされるフリークス達のちょっと悲しい復讐劇である。再びピンクフロイドの「ザ・ウォール」を観てバッド・トリップする。今回は、ばかでかい映画館の一番前の席で観たので、落ち込み度もアップした。冒頭のホテルの廊下のシーンのカーペットの柄がアシッド頭には印象的だ。

映画、コンサート、ライブハウス等の情報は、ヴィレッジヴォイス紙から得る。この新聞は、なかなかおもしろい。パーソナル・アドなるページには、都会の寂しい者達が同好の士を募って怪しげな広告を打ってたりする。楽器関係の広告も多い。

オクターブ・プラトーというシンセサイザーのメーカーが広告を載せていた。ガレージメーカーである。ここのシンセは、ほとんど日本には入ってこない。8音ポリ、メモリー付きのプログラマブル・アナログシンセ、ヴォエトラ8というやつが新製品として載っていた。さっそく電話をかけてアポをとり、会社に殴り込みをかける。もちろん、喧嘩しに行った訳ではない。遊びにいっただけである。ソーホーの一画の事務所では開発者自ら開発中の新製品を説明がてら触らせてくれた。彼はベーシストでもあり、今こんなん造ってるんだ、とこれまた開発中らしきベースギター型シンセ・コントローラーを引っぱり出してきた。フレットの間には、弦の代わりのブラスの棒が埋込まれ、ギターの弦を押さえる様にそのブラスの棒に触れることにより、ピッチの検出をする。さらに、右手で演奏するタッチパネルがトリガー用に4個と、モデュレーション用に2個付いている。似たようなコントローラーのアイディアは、以前より私も考えていたので、ひとしきりアイディアの交換と検討でもりあがる。その後、この製品の話題は聞かないから、没になったに違いない。それとも、会社自体が没になったか?ははは。

エレクトロ・ハーモニクスというイフェクターのメーカーも、ニューヨークにあることを思い出した。かなりユニークなイフェクターを造るメーカーである。ここにもアポをとって押しかける。ここも、いかにもガレージメーカーから大きくなりましたという感じの会社だ。中をうろつく社員もTシャツに長髪の汚い感じ。案内してくれた男が、社員のほとんど全員がミュージシャンなんだと言っていた。新宿にある、エレクトロ・ハーモニクス・ジャパンの社長、ジョージ・吾妻も現役のギタリストである。ジョージはプロレスラーみたいな面構えで毛むくじゃらの大男だ。カルメン・マキのツアーで大阪のグランド・ホテルに泊まった時、私の部屋に彼が血相を変えて飛び込んできたことがあった。なんでも、エレベーターの中で髭面のロシア人の大男に、「かわいいね」っておしりを触られたんだそうだ。この時、大阪グランドホテルにはボリショイサーカスの一行が泊まっていたんだ。きっとジョージのことを、オリから逃げ出した芸達者な熊かなんかと見間違えたに違いない。

何処も気持ちよく応対してくれるのに調子づいて、ヴィレッジ・ヴォイスに広告を載せている、いろいろな会社に電話をかけて遊びにいった。AUDIO RESEARCHなるスタジオにも見学に行った。ここはレコーディング・スクールを開いている。興味はあったが、授業料が高いのでパスする。最近はシェリル・クロウなんかも録っている友人のエンジニア、立川マサト氏は、実はここの出身だそうだ。彼がここにいたのは、ほぼ同じ頃だったかもしれない。

この同じスタジオだったかどうか記憶が定かでないが、フェアライトCMIというシンセの操作を学んだ。フェアライトCMIは当時としてはかなり進歩的な高級シンセで、8ヴォイスのサンプリングマシンと波形エディター、シーケンサーなどを内臓した、いわゆる音楽ワークステーション型のコンピュータである。確か世にでたばかりで、値段も1200まんえんとお高く、この頃まだ日本にはあまり入って来ていなかったはずである。このシンセは、マッキントッシュと同じ68000というCPUを二つ積んでいるのだが、まだオペレーティングシステムがあまり洗練されていなくて、DOSマシンのようにコマンドを沢山覚える必要があった。何冊にもわたる、分厚いマニュアルを参考にマンツーマンの講義が2〜3週間続いた。よくよく勉強好きだわねえ、あたしって

つづく


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