World Tour 1981

グリーンカード

 その32…さらに西へ

電話作戦の一環として、とあるリムジン会社を訪れる。仕事でもすんべえかと、何処かのアルバイト掲示板で広告を見て、のこのこでかけていったのである。日本人の社長が直接会ってくれた。普通はこのような対応は一々しないのだそうだが、私に興味を持ってくれたらしく、雇ってもよいという。この会社はかなりしっかりした企業で、グリーンカードの割り当ても多いと聞いた。何年か働けば永住権の取得も確実であるという。ラーメン屋のバイトでは、不法就労でびくびくした挙句に必ずしもグリーンカードを手に入れられるという保証は無いのである。リムジンならば、タクシーとは違って客層も良いはず。なんか、突然に具体的な話になってきた。まあ、とにかく運転免許証を手に入れていらっしゃい、ということになってこの日は帰った。

私は道具と名の付く物は全て好きなので、当然車の運転も好きである。もっとも、年中混雑してる首都低速道路は嫌いだがね。運転自体には少々自信があるよ。車の運転は、若い頃にバンドの楽器車を転がして覚えた。今だからいうけど、免許取得以前に大阪ツアーなんかにも何度も行ったな。東名高速じゃあ、まず検問はしてないから大丈夫なんだ。一年間無免許で車を乗り回して自信をつけてから、運転免許試験場で免許を取得した。もちろん、一発合格である。その後、港で輸出車の船積みのバイトなんかもしてたから、幅寄せや縦列駐車も得意だ。んなもん、ぶつかるまで、オーライ・オーライだ(うそうそ)。軽飛行機だって、実際に離陸から着陸までひととおり操縦したこともあるんだぜ。もちろん無免許ね。

アメリカでは自動車の運転免許は簡単に取得できる。州によりシステムは異なるんだが、いきなり路上で運転の練習をして、ある程度自信がついたら試験官のチェックを受け合格すれば免許が手に入るということらしい。日本と同じような自動車学校は無いようだ。車検制度も大体において無いに等しい。ブレーキとハンドルが効いて、ストップランプが灯けばOKなのだそうだ。だから、アメリカ人の運転はへたくそが多いし、とんでもないポンコツ車やカスタムカーが道を走ってたりする。だがこれは、「自由」と対になった「責任」を個人に課すという、アメリカ流個人主義の結果なのである。出鱈目な車といい加減な運転で事故など起こせば、その高い代償は個人に課せられるという当り前のことが常識となっている訳である。これが日本だと、法的システムの不備のせいにされたり、監督機関などの責任が問われるという方向になってしまうんだな。電車が来ます、危ないのでご注意ねがいます、とプラットフォームのアナウンスがやかましいのも、同様の風潮によるものだ。親切といえばそうかも知れないが、私には、この日本の社会はどうにも幼稚に見えてならない。

交通局で貰ったテキストを一通り眺めて勉強し、ヴィデオゲームみたいな機械のボタンを押すというペーパーテストを受けるだけで、ニューヨーク市の自動車運転免許証はすんなり手に入った。その代わり、日本の運転免許証は取り上げられた。

ソーホーかヴィレッジ辺りにあったZENというレコード屋で、ピーター・ゲイブリエルの主催するWOMADの記念レコードを買う。WOMADとはWorld Of Music Arts And Danceのことで、ピーガブが世界各地で集めて来たミュージシャン達によるお祭りである。この年の夏に一回目のコンサートがイギリスで催されたのだった。この記念すべき一枚目には、私の大好きなホルガー・シューカイをはじめ、シャクティのエル・シャンカールやThe Beat(English Beatの方)、ジョン・ハッセル(ドゥザハッセル!!…スミマセン)、デヴィッド・バーンといった面々の曲が入っている。中でも、ヌスラット・ファテ・アリ・ハーンというパキスタンの歌手が素晴しい。彼はイスラム密教であるスーフィーの伝道士なのであるが、その歌声は力強く生命の喜びに溢れている。後日、日本で彼の唄を生で聞く機会があったのだが、いままでに聞いた唄の中でも、その人を引き込む力は、文句無しに一番であった。(先日彼が亡くなったとの報に接した。合掌)

さて、オランダ、ニューヨークと現在の音楽状況に触れて考えてみると、今こそ日本の音楽界がなかなか面白いことになってきているんじゃあないかと思えて来た。チャクラでの活動に疲れて旅に出て、もう一年になる。「自分」をもっともっと表現すること、これが旅で得た一つの回答である。アメリカのグリーンカード取得については逃すに惜しい機会ではあったが、まだ若かった私は、立ち止まらずに旅を続けることにしたのである(かっくいい!)。私はグレイハウンドに乗ってまた西を目指し、ニューヨークを後にした。

つづく


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